伍丁目の我楽多はうす

ここは雑記、食べ物、音楽、中国語(普通話&広東語)などなどなんでもかんでも「我楽多(ガラクタ)箱」のように詰め込んだブログ。 なお「アヘラ」は高校時代のあだ名。 我識講少少廣東話。

ペクさん

 

高校の頃に麻雀を覚えた。少ない友人たちの一人に麻雀ができる女がいた。

 

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ペクさんというあだ名の女だった。お母様の手ほどきを受け小学校一年の頃から麻雀をやっているらしい。そんな彼女は我々にも麻雀を覚えてもらおうと思ったのか、ご丁寧に厚紙で麻雀牌のカード&点数棒を作ってきたのだ、それも徹夜で。アホゥだw麻雀に賭ける情熱があるってことで良いではないか。その手作り麻雀牌を使って昼休みは4名で麻雀に勤しんでいた。ハタから見ればトランプやっているようにしか見えなかったのでペクさんの悪知恵だったってことか。


一度、高校卒業前に嘘の理由を突き付けて教室を借りた。ペクさんが本物の麻雀牌を持ってきておりリアルに麻雀をやることにしたのだ。教室に入るや否や鍵をかけてカーテンを引っぺがした。ジャラジャラジャラ…牌をかき混ぜる。机にカーテンを敷いているから音は漏れないとは思ったがスリル満点で牌を引っ掻き回したのは未だに昨日のことのように覚えている。
…結局麻雀は点数計算ができるようになる前にやめてしまったのだが。

 

ペクさんはわたしに「アヘラ」というあだ名をつけてきた。アヘラ、か。意味がわからんがまぁ悪くない。わたしはアヘラなのだ。いっそのことわたしの名前はアヘラで良いかとも思ったことがあ…なかったけど。あまりにアヘラアヘラと呼ぶのでペクさんはわたしの本名を忘れておった。あいつの苗字なんだっけ?とのたまった。


昼休みの麻雀もそうだったが、休み時間や帰りもなぜかつるんでいた。ちょうど誰も信用できなくなっていた10代後半の数少ない心の拠り所だったのかも知れなかった。

 

そんなペクさんとは疎遠になった。わたしが社会人3年目くらい?に会って一緒に酒飲んだのが最後か。彼女は結婚したらしい。どこの誰かはわからんかった。相当年上、とは聞いていたが。


今はどこで何をしているのかわからない。願いが叶うのならばもう一度ペクさんに会いたい。今思うとベストな友人…というか悪友だった。

 

願わくば、また麻雀がやりたい。