伍丁目の我楽多はうす

ここは雑記、食べ物、音楽、中国語(普通話&広東語)などなどなんでもかんでも「我楽多(ガラクタ)箱」のように詰め込んだブログ。 なお「アヘラ」は高校時代のあだ名。 我識講少少廣東話。

終わらない論争 - 食べ物にかけるものについて -

 

世の中些細なことで論争になることが多い。

「◯◯についてアリかナシか」やら「××についてAかBかCか」など。

 

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大抵そのような場合はどれが正しいということはなく永遠に決着がつかない。ましてや違う意見同士はどちらかが折れるのではなくずっと平行線のままだ。

だが、こういう論争は大抵人間の生活や給料、ましてや生死なんかには一切関係がないパターンが圧倒的に多い。

その中でも食べ物ネタが多いように見受けられる。

 

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例えば、上の写真で出した鶏の唐揚げ。

こいつに関しては二者択一のパターン。

「唐揚げにはレモンをかけるかけないか」である。

 

唐揚げが大好物であるわたしの場合、唐揚げにレモンは反対派である。

例えば居酒屋なんかに行って鶏の唐揚げを頼んだとする。いざ唐揚げが運ばれてくるなりレモンをかけ始める人間は相当許せない。第一しょうゆ味であれ塩味であれなぜ唐揚げにあの酸っぱいレモン果汁をかける必要があるのだ。せっかくの唐揚げの風味と歯ごたえが壊れるではないか。

まだ「かけるよ〜」とか「かけてい〜い?」なんて聞いてくるのであれば許せる…本当は気分が悪いがまだ許してやれる。

これはかける派とかけない派できっかり分かれるパターンの代表例であろう。

 

 二者択一ならばイエスかノーで終わるが選択肢が複数にわたることがある。
例えば、餃子。昨日餃子をいただいたときにふと考えたのだが、「餃子は何をつけるか」で十人十色なのかもしれない。

考えられるものを列挙すると、餃子のオリジナルのタレ、酢、醤油、ラー油、アイラブユー北天祐

などなど。

わたしの場合は醤油のみで食べる。稀に餃子のタレなんかかけることがあるが基本的には醤油一択。酢なんて酸っぱくて無理だしラー油は辛くて勘弁。いや、酸っぱいのも辛いのも好きなのだがことに餃子になると話は別なのである。

これはまさに意見が数パターンに分かれる良い例であろう。

 

そしてもっとも厄介なのが「無限の選択」である。

 「目玉焼きには何をかけるか」だ。

 

これこそ最も意見が割れ、かつ分かり合うことのできない代表例であろう。

パッと思いつくのが醤油、塩、ソース、ケチャップ、何もかけない、まさかのまさかで砂糖など…探したらきりがない。先ほどの餃子よりもかけるものの選択肢が多い。


わたしの場合、目玉焼きにはブラックペッパーのみである。あの、つぶつぶの黒い胡椒。焼きたての目玉焼きの上にミルでガリガリ挽いていただく。これがまた最高なのである。

 

悲しい話、これに限っては誰にもこの旨さをわかってもらえていない。

特に醤油派と塩派から猛否定されるのだ。

だが仕方ないではないか、気がついたらこの食べ方でずっと生きてきたのだ。今更ながら別の方法で食べてくれと言われてもそりゃァ無理だ。


一生他人とは分かり合えないのは承知だが声を大にして言いたい。

 

目玉焼きにはブラックペッパー「だけ」をガリガリ。

 

お勧めだ。お試しあれ。

 

そういえば昔、バナナマンのラジオ番組、「バナナムーンGOLD」で確か「ピーマンの肉詰めに何をかけるか」という論争があってリスナーからいろいろ意見を募っていたのだが、塩で食べるとメール(だったか)をよこしたリスナーに設楽統が「塩派は黙ってろ」的な発言をしていた。

別に塩でも醤油でもなんでも良いだろなんで否定するんじゃ、とカチンときたのだが、思えばわたし自身、生まれてこのかたピーマンの肉詰めなるものを食べた記憶がない。

ピーマンが嫌いとかそういうことはないが何故か縁のない食べ物だった。

 

もしピーマンの肉詰めを食べることがあったおそらく醤油か塩をかけているであろう。

もしあのラジオを聴いていた時点でピーマンの肉詰めを食べたことがあったのならば、おそらくアンチバナナマンになっていたかもしれない。

 

そう考えると、逆に「塩はないだろ」という意見を猛否定しているということにもなるのだろう。

どういう意見であれ、食べ物に関しては人と人とは色々と分かり合えない気がしてならない。